現在、私のネイタルチャートでは、水瓶座に金星があります。
そして2026年現在、トランジットの冥王星も水瓶座を運行中。
ついに私の出生図の金星へ、冥王星がほぼ重なるところまでやってきました。
オーブは約1度。
冥王星の公転周期は約248年です。
つまり、トランジットの冥王星が出生図の金星へ合になるという経験は、通常の人生では一度きり。
今まさに私は、その非常に珍しい時期を生きています。
金星に冥王星が重なると、何が起こるのか
占星術で金星というと、次のようなものを象徴します。
- 愛
- 恋愛
- 美
- 芸術
- 快楽
- 欲望
- お金
- 所有
- 自己価値
- 「好き」という感覚
一方の冥王星が象徴するのは、
- 死と再生
- 根本的な変容
- 破壊と再構築
- 深層心理
- 極限
- 隠されていたもの
- 徹底的に掘り下げる力
この二つが重なる。
「自分にとって、本当に価値のあるものとは何なのか」
簡単に言えば、そんな問いを、ものすごい深度で突きつけられる時期なのだと思います。
「好き」の純度を極限まで上げる
実際にこのトランジットを経験していて感じるのは、「もっと頑張れ」という方向ではありませんでした。
むしろ逆でした。
それ、本当に必要?
その仕事、本当に自分がやらなければならない?
それは本当に好き?
身体は喜んでいる?
それは自分の欲望なのか、それとも義務なのか?
そんな問いが次々に出てきます。
そして面白いことに、本当に必要ではないものを手放していった結果、私は以前よりも「頑張らなくなりました」。
仕事の中でもAIに任せられる部分はAIに任せる。事務作業や集客など、自分自身がやらなくてもいいことは可能な限り委譲する。
そのぶん私は、
瞑想する。
研究する。
自然や鉱物について探究する。
ヒーリングを研究する。
新しい技法を学ぶ。
舞う。
文章を書く。
自分の中から生まれてくるものを観察する。
つまり、「苦労することに価値がある」という価値観から、「自分の生命力を、本当に価値があると思うものへ集中させる」という方向へ変わってきたのです。
冥王星の「死と再生」は、必ずしも苦しみではない
冥王星というと、破壊。喪失。死と再生。そんな少し恐ろしい言葉で説明されることがあります。
けれど、今回実際に体験していて思うのは、「死と再生=苦しいことが起きる」とは限らないということです。
死んでいくのは、「苦労しなければ価値がない」「自分で全部やらなければならない」「誰かの期待に応えなければならない」「これは好きなはず」「こう生きるべき」といった、古くなった価値観なのかもしれません。
それがなくなった場所から、もっと単純なものが出てきます。
これが好き。
これは楽しい。
これは美しい。
これをもっと知りたい。
これは身体が気持ちいい。
これは何時間でも研究できる。
理由より先に、「好き」がある。
そして冥王星は、その小さな「好き」を見つけると、「では、もっと深く潜ってみよう」と言ってくるような気がします。
苦しみに深く潜るだけが、冥王星ではない
これは今回、私が一番面白いと思っていることです。
冥王星は「深く潜る」天体です。だから心理占星術では、トラウマ、恐怖、執着、シャドウ、無意識。そういった暗い領域へ潜る象徴として扱われることも多い。
もちろん、それも冥王星でしょう。
でも金星と重なっている今、私は別の可能性も感じています。
「喜びへ、異常なほど深く潜る」
何が好きなのか。
なぜ美しいと思うのか。
どんな色を見ると身体が反応するのか。
どんな音が好きなのか。
どんな鉱物に惹かれるのか。
どんな自然に触れていたいのか。
どんな仕事なら時間を忘れるのか。
どんな生き方なら、自分の生命そのものが「YES」と言うのか。
そこまで深く、「喜び」を研究する。
これも立派な冥王星的探究なのではないかと思うのです。
美しいものを見る人から、「美によって変容を起こす人」へ
私の金星は水瓶座にあります。
水瓶座は、独自性、未来、ネットワーク、共同体、新しい技術、既存のカテゴリーから外れることなどと関係するサインです。
だから今回の冥王星との合は、単純に恋愛や美意識だけではなく、「自分が価値を感じるものを、どんな新しい形で世界へ流すのか」というテーマにもなっているように感じます。
ちょうどこの時期、私はヒーリングスクールへ入り、新しく錬金術を学び始め、自分自身のヒーリングやワークをさらに深く研究するようになりました。
そして新しく作った場所の名前が、
CELUNA HEALING LABO.
今になって考えると、「LABO=研究所」という名前まで、妙にこの時期と一致しています。
完成された答えを提供するだけの場所ではなく、まだ名前のないものを発見する。試してみる。観察する。言葉にする。技術にする。また新しいものを発見する。
そんな研究室です。
「好き」が趣味ではなく、研究対象になる
最近の私は、鉱物、植物、自然、舞、瞑想、ヒーリング、占星術、シャーマニズム、錬金術、美術、文章、AI。一見するとバラバラのものを行き来しています。
でも、冥王星と金星という視点から眺めてみると、これらは全部、「人間は何によって変容するのか」という一つの研究テーマへ集まり始めているようにも見えます。
色によって変わる。
香りによって変わる。
言葉によって変わる。
身体を動かすことで変わる。
自然に触れることで変わる。
誰かに愛されることで変わる。
何かを美しいと思った瞬間にも変わる。
だとしたら、「美」は単なる装飾ではありません。人間の状態を変化させる力にもなり得る。
美しいものを見る人から、「美によって何が起こるのかを研究する人」へ。
私の金星は、今そんな変化をしているのかもしれません。
冥王星は、一度では終わらない
そして重要なのは、これは一日のトランジットではないということです。
冥王星は非常にゆっくり動き、さらに逆行します。
金星へ近づく。
離れる。
逆行してまた近づく。
再び離れる。
順行して最後の通過をする。
そのように、同じテーマを何度も掘り直すことがあります。
だから今は、「変容が完成した」というより、死と再生のプロセスの真っ只中。一枚皮を脱いだと思ったら、その下からまた別の価値観が出てくる。
そのたびに、「これは本当に私が好きなもの?」と確認する。かなり徹底的です。
でも不思議なことに、今のところ私はこのプロセスをとても楽しんでいます。
今の私にとっての「死と再生」
今のところ、冥王星×金星合の体験を一言で表すなら、
「人生から、愛していないものを少しずつ抜いていく」
という感じです。
愛していない仕事。愛していない義務。愛していない価値観。愛していない自己像。
それらを取り除いたあとに残った場所へ、本当に好きなものを置いていく。
そして最後には、「なぜ好きなのか」という説明さえ必要なくなるのかもしれません。
誰にも褒められなくても好き。
役に立たなくても好き。
お金にならなくても好き。
意味を説明できなくても好き。
それでも、好き。
そこまで残ったものなら、かなり強い。
冥王星は、「もっと努力しろ」ではなく、「もっと純粋になれ」と言っているのかもしれません。
生命力を、本当に愛しているものへ集中させる。
苦しみに深く潜るだけではなく、喜びにも深く潜る。美にも。快楽にも。好奇心にも。自然にも。創造にも。
人生で一度しか経験できない、冥王星と金星の合。
せっかくなら私は、この巨大な変容の時間を、「何が壊れるのか」だけではなく、「ここから何を、もっと深く愛せるようになるのか」という視点から観察してみたいと思っています。
死と再生の先にあるものが、もっと自分らしく、もっと自由で、もっと美しい世界だったら。
それはきっと、とても金星らしい冥王星の使い方なのだと思います。