現在、私の出生図の水瓶座金星には、トランジットの冥王星がほぼ重なっています。
冥王星は約248年かけて太陽の周囲を巡るため、出生図の金星へ重なる経験は、通常の人生では一度きりです。
体験記①では、「好き」の純度が上がり、生命力を本当に価値があるものへ集中させていく変化を書きました。
体験記②では、20時間近く眠った日を通して、休むこともまた変容の一部なのかもしれないと考えました。
そして今日、私は錬金術を、これまでよりも深く、本格的に学び始めました。
そこで感じたのは、新しい知識を得たというより、ずっと知っていたことを思い出したような感覚でした。
そして、胸の奥から一つの言葉が浮かびました。
「これまでの自分の人生は、間違いではなかった。」
エメラルド・タブレットを読み、何かを思い出した
今日、錬金術を学ぶ中で、エメラルド・タブレットを読みました。
そこに書かれた言葉へ触れたとき、私は深い至高の感覚に包まれました。
ただ感動した、という言葉では少し足りません。
初めて出会ったはずなのに、どこかで知っていた。新しく理解したというより、自分の奥にあったものを思い出していくような感覚でした。
上にあるものと、下にあるもの。
内側にあるものと、外側にあるもの。
見えるものと、見えないもの。
それらは切り離された別々の世界ではなく、一つの原理が異なる姿を取って現れている。
その世界観に触れたとき、これまで私が占星術、ヒーリング、自然、鉱物、舞、身体、意識を別々のものとして探究しながらも、なぜか全部が一つにつながっていると感じていた理由が、静かに腑に落ちました。
錬金術の基本は、「無になること」だった
今日、特に深く心に残ったのは、錬金術では「無になるときに、最も創造が起きる」ということでした。
錬金術の基本が無になることなら、錬金術を極めることは、どれだけ深く無になれるかということでもある。
これは私にとって、驚きであり、同時に大きな救いでした。
社会の中では、何もしていない時間は価値がないように扱われがちです。
生産すること。
成果を出すこと。
動き続けること。
わかりやすい形を残すこと。
それが「正しい時間の使い方」だと、いつの間にか教わってきました。
反対に、ぼんやりすること、眠ること、何も考えないこと、答えを出さないことは、最も生産性のないことのように見なされます。
けれど錬金術では、無は空虚ではありません。
無は、まだ何にでもなれる場所。
古い形がほどけ、新しいものが生まれる前の、最も創造的な空間です。
私はそのことを知ったとき、今までの人生そのものが肯定されたように感じました。
20時間眠った日は、最も錬金術的な一日だったのかもしれない
前回の体験記で、私は20時間近く眠った日のことを書きました。
何もできなかった。仕事も進まなかった。ただ眠っていた。
以前の私なら、そんな一日を失敗として数えていたかもしれません。
でも今日、錬金術における「無」の意味を知り、見え方が変わりました。
あの日は何も起きていなかったのではなく、表からは見えないところで、何かが分解され、沈殿し、統合されていたのかもしれない。
火を止める。
冷却する。
沈殿を待つ。
形になる前の時間を守る。
錬金術には、加熱し続けることだけではなく、待つ工程もあります。
そう考えると、あの長い睡眠は、変容を止めた時間ではなく、変容が深い場所で進んでいた時間だったのかもしれません。
瞑想で無になることも、創造の一部だった
私は以前から、瞑想を大切にしてきました。
けれど心のどこかでは、「こんなに何もせずにいていいのだろうか」と思うこともありました。
静かに座る。思考を追わない。目的を持たない。ただ在る。
外側から見れば、何も生み出していない時間に見えます。
でも、無になることが最も創造的なプロセスなら、瞑想は創造から離れる時間ではなく、創造の源へ戻る時間なのかもしれません。
何かを無理に作り出すのではなく、余計なものを静かに手放し、本来そこにあるものが現れる余白をつくる。
これは、私がヒーリングや舞の中で自然に行ってきたこととも重なります。
私の生活は、すでに錬金炉に入っていた
振り返ると、最近の私の生活では、さまざまなものが同時に組み替わっていました。
ホームページを立ち上げ、CELUNA HEALING LABO.という新しい場所を作った。
新しいヒーリングを学び、シャーマニズムや陰陽師の術、錬金術を、自分の中で改めて結び直し始めた。
低単価で数をこなし、自分を消耗させる働き方から離れ、本当に届けたいものへ時間と生命力を戻そうとしている。
パソコンやAIを使い、自分でなくてもできる作業を少しずつ外へ渡し、瞑想、研究、自然、鉱物、舞、文章を書く時間を守ろうとしている。
それらは、単なる効率化や事業整理ではありませんでした。
古い私の働き方を分解し、
本当に生きたい私の時間へ作り替えること。
生活そのものが、すでに錬金炉へ入っていたのです。
錬金術は、自分を壊すためのものではない
変容という言葉には、ときに激しい印象があります。
古い自分を壊す。弱さを消す。別人になる。
けれど、今日私が感じた錬金術は、もっと静かで、もっと優しいものでした。
本来の自分ではないものをほどき、その奥にずっとあったものが現れるのを待つ。
自分を否定して作り替えるのではなく、自分という素材をよく観察し、必要な熱を加え、必要なときには火を止める。
金へ変えなければならないのではなく、自分の中にすでにある金を見つけていく。
そう考えると、癒しと錬金術はとても近い場所にあります。
すべての変容は、錬金術である
今日学んだ中で、もう一つ深く響いたのは、「すべての変容は錬金術と言える」ということでした。
鉱物が変化することだけではない。
痛みが知恵へ変わる。
経験が技術へ変わる。
休息が創造へ変わる。
出会いが人生の方向を変える。
好きだったものが、仕事や研究になる。
そして、人は変化しながら、自分自身を作り変えながら、自分ごと創造しながら生きていく。
私は昔から、完成された自分になりたいというより、変わり続ける自分でいたいと思っていました。
新しいことを学び、試し、そこからまた別の自分が生まれる。その生き方が好きでした。
つまり私は、錬金術を知る前から、錬金術的な生き方を望み、実際に生きていたのだと思います。
PCとAIも、私にとっては錬金術の道具だった
最近、私はパソコンやAIを仕事に取り入れるようになりました。
これは単に、効率を上げるためではありません。
自分でなくてもできる作業を手放し、自分にしかできないことへ生命力を戻すためです。
文章の整理。
サイトの構築。
事務的な処理。
情報の分類。
そうした工程を技術へ委ねることで、私は研究し、瞑想し、自然に触れ、舞い、ヒーリングを深める時間を取り戻せる。
AIによって仕事量を十倍に増やすのではなく、同じ仕事をより軽やかに行い、空いた時間を空いたままにしておく。
これも一つの錬金術なのだと思います。
時間の質を変え、労力を変え、生命力の流れを変える。現代の道具によって、人生の素材を別の形へ組み直しているのです。
金星と冥王星は、「価格」の感覚まで変えている
金星は、お金や価値とも関係する天体です。
冥王星が私の金星へ重なっている今、提供している仕事の価格や、どこへ力を注ぐのかという感覚も大きく変化しています。
安くすれば、たくさんの人へ届けられるかもしれない。
けれど、価格を下げることで自分が疲弊し、本当に必要な研究や休息ができなくなるなら、それは長く続きません。
価値とは、単に高いか安いかではなく、そこへ込められた時間、技術、経験、集中力、そして生命力の総体です。
自分の仕事を大切に扱うことは、受け取ってくださる方との関係を大切にすることでもある。
冥王星は今、私の中に残っていた「苦労しなければ価値がない」「たくさんこなさなければならない」という古い価値観まで、根元から作り替えているように感じます。
パラケルススに惹かれていた理由
私は以前から、パラケルススが大好きでした。
医学、自然哲学、占星術、鉱物、植物。現代では別々の分野として扱われるものを、一つの世界として見ていた人物。
そして今日、パラケルススが本物の錬金術師であったことを改めて知り、さらに深く感動しました。
なぜこれほど惹かれていたのか。そこにも、自分がまだ言葉にできていなかった方向性が現れていたのかもしれません。
私は、占星術だけをしたいわけでも、ヒーリングだけをしたいわけでも、鉱物や植物だけを研究したいわけでもありません。
一見ばらばらに見える叡智が、人間や自然の変容という一つの場所で結び合う瞬間を見たい。
パラケルススの世界観に惹かれていたことも、今のCELUNA HEALING LABO.へ続く伏線だったように思えます。
「好き」が、趣味から研究へ変わっていく
鉱物。植物。自然。舞。瞑想。ヒーリング。占星術。シャーマニズム。錬金術。美術。文章。AI。
これらは以前の私にとって、それぞれ別の「好き」でした。
けれど今、それらが一つの問いへ集まり始めています。
人間は、何によって変容するのか。
色で変わる。香りで変わる。言葉で変わる。身体を動かすことで変わる。自然に触れることで変わる。美しいものに出会った瞬間にも変わる。
「好き」は、余暇に楽しむものだけではなく、長い時間をかけて観察し、深め、誰かと分かち合う研究テーマになり始めました。
金星が冥王星と重なるというのは、「好き」という感覚が、人生の表面ではなく、根幹へ降りていくことなのかもしれません。
CELUNA HEALING LABO.という名前の意味が、あとから追いついてきた
私はこの場所を、CELUNA HEALING LABO.と名づけました。
完成された答えだけを提供する場所ではなく、まだ名前のないものを発見し、試し、観察し、言葉にし、技術へ変えていく研究室。
今日、錬金術を本格的に学び始めて、「LABO.」という名前が以前よりも深い意味を持って立ち上がってきました。
研究室とは、最初から正解がある場所ではありません。
わからないものを、わからないまま丁寧に見る場所です。
失敗も、休止も、予想外の変化も、すべて観察の一部になる。
それはまさに、私がこれから生きたい錬金術的な場所でした。
金星の黄金は、純粋な生命力なのかもしれない
錬金術といえば、卑金属を黄金へ変えるイメージがあります。
けれど私にとっての黄金は、外側の成功だけではないように感じます。
これが好き。
これを知りたい。
これは美しい。
この時間を生きたい。
誰かに認められる前に、身体や魂が静かに「YES」と言うもの。
理由を説明できなくても、役に立たなくても、すぐにお金にならなくても、それでも惹かれるもの。
その純粋な生命力こそ、冥王星の炉を通って最後に残る、私にとっての金星の黄金なのかもしれません。
今までの人生は、間違いではなかった
無になることは、悪いことだと思っていました。
何も生み出していない。怠けている。前へ進んでいない。社会の速度から外れている。
でも今日、錬金術の中では、無こそが最も創造的なプロセスになり得ると知りました。
その瞬間、動けなかった時間も、迷っていた時間も、ただ空想していた幼い頃も、社会の形にうまく適応できなかった自分も、別の意味を持ち始めました。
何もなかったのではない。
見えない場所で、ずっと何かが作られていた。
今までの人生は、間違いではなかった。
私は今日、そのことに深く感動しました。
占星術は、原因ではなく、変化を観察するための言葉
もちろん、私が今日錬金術を学び始めたことや、深い感動を覚えたことを、冥王星と金星が物理的に引き起こしたという意味ではありません。
占星術は、出来事の科学的な原因を説明するものではなく、自分の内側で起きている変化を観察し、言葉にするための象徴体系として、私は受け取っています。
それでも、愛、美、価値、喜びを象徴する金星へ、変容を象徴する冥王星が重なる時期に、私は錬金術を本格的に学び始めた。
この一致は、私にとってとても美しいものです。
星が答えを決めるのではなく、星を鏡にしながら、自分が何を生きているのかを見つめていく。
それが今の私にとっての、占星術との付き合い方です。
まだ、炉の中にいる
冥王星はゆっくりと動き、逆行もします。
この金星との合は、一度通過して終わるものではありません。
だから私は、まだ完成していません。
価値観も、働き方も、好きなものも、これからさらに変わっていくでしょう。
でも今は、それでいいと思っています。
完成することより、変わり続けながら、自分自身を創造していくこと。
無になることを恐れず、次に何が生まれるのかを静かに待つこと。
そして、生まれてきたものをまた丁寧に観察し、世界と分かち合うこと。
私はこれから、錬金術をもっと深く学んでいきます。
知識としてではなく、生き方として。
今までの人生は、間違いではなかった。
何もなかったように見えた時間にも、次の世界は、静かに作られていたのです。